と待ち構えていたかのように彼の目に映った。彼が席につくと、すぐ後ろにいた校正係りのT―老が朱筆をちょっと小耳に挾《はさ》んで曽根の方へ向き、
「昨日の市内版へ、もう少しで君の記事が載るところだったよ。すんでのことでさ」
「新聞配達夫水に溺《おぼ》るってね」
 三面の主任がこうつけ足して笑った。
 外務主任がやって来た。二面のL、一面のO、……いつか四五人の人が彼の周囲に集まっていた。そして(やはり一種の酒乱というものさ)(天才はどうしても常人とちがうね)(これからは少し謹《つつし》むこったね。実際笑談じゃないよ)こんな、てんでに勝手なことを言い合った。曽根はこれらの人たちの前で小さくなっている自分の姿を想像した。自分はなぜもっと群衆に対して威厳がないのかと思うた。黙って伏目になっていると、苦々しそうな薄笑いを浮べて気味の悪いほど不得要領な顔つきをしている自分の顔が鏡を見るようにはっきりと自分の目の前に見えた。眼尻《めじり》に集まる細い意気地《いくじ》のない皺《しわ》、小鼻のあたりに現われる過度の反抗的な表情、
 一面のS文学士とMとがやって来て、「失われそうにして助かった幸運なる君が生
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