た。が、やはりそのことがうるさく気になって不愉快でならなかった。
灯《ひ》ともしごろになって、友の松本がひょっこり[#「ひょっこり」に傍点]やって来た。また例によって少し酒気を帯びていた。事によったら、もう少し飲み足すつもりかなんかで、いくらか借りに来たのだったかも知れないが、悲槍《ひそう》な顔をして曽根が寝ているのを見ると、それどころではなく静かに近寄って、
「どうしたのだ、身体の工合でもわるいのか」と憂わしげにたずねた。
曽根は、病気で寝ているのでないことを言い、昨夜のことを告げ「生命の直覚」のいかに淋しいかを物語った。
あとで、松本は自分のはなしをはなした。
「とてもやりきれない。月給でも増してくれなければ、今度こそはいよいよ退社してしまう。なあに、いよいよ窮すればそこに必らずまた新らしい道が開けるにきまっている。――」
こう言った。彼の話によると、彼の勤めている社は実は大へんに可憐《かわい》そうなことになっているのだそうだ。社に一人悪い奴がいて、社主が地方へ出張している間に社の金を費《つか》いこむ、しておかねばならぬ仕事は手も付けずおまけに社主の妻君と姦通《かんつう》し
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