松風の音は今は何よりも偉大な慰藉《ゐしや》であつた。そして何よりも強い憧《あこが》れであつた。あの下に、あゝ、あの下に。

       六

 ある日、彼はいつものやうに庭へ出て、自分の墓を立てる所に選んだ松の木の下にしやがんで、今更のやうに自分の松林の美しいのを眺《なが》めてゐた。頬白《ほゝじろ》がいゝ声で近くの松の梢に囀《さへ》づつてゐた。午後の赤々とした緩《ゆる》やかな日が、松葉を洩《も》れて彼の膝のあたりに落ちてゐた。
 すると彼はそこにしやがんだ儘《まゝ》、我にもあらずいつか気が遠くなつてうと/\と眠つて仕舞つた。
 …松風が物静かに自分の頭の上に吹いてゐた。どうやら自分はもう墓の下にゐるらしい。だがあたりはよく見える。自分は俯向《うつむ》いて何か深く瞑想《めいさう》に耽《ふけ》つてゐるのであつた。と、頭の上で何か、遂《つひ》ぞこの数年間に聞いた事のない、あるあわたゞしい騒擾《さうぜう》の音がしてゐるのに気が附いた。そしてふと頭を揚げてみると、こは何事であらう。四囲の松の木が皆真赤に枯れてゐる。驚ろいてなほ遠くを眺めると、ああ、自分の松林の外囲に思ひがけもない広い/\松原が
前へ 次へ
全11ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング