行つたら――そんな遠い後の事も思うてみた。或時は又、彼の頭の中でその真白な墓の数が幾つにも殖《ふ》えた、自分の妻と、自分の子供達の数だけの墓を列《なら》べて考へたりもした。そしていつも最後には松風の音で自分の空想を句切るのが常であつた。

       五

 それから又八九年|経《た》つた。老医師の頭には真白な毛が過半を占めるやうになつた。今こそ彼には何の不足もなかつた。自分の子達は何れも人並すぐれて立派な出世を遂げ、幸福な内に益々《ます/\》その進むべき道に発展してゐる。可愛い孫の数も十位を以て数へなければならない程に増《ふ》えた。そして松の木も今は皆見事に大きくなり、梢《こずゑ》の方に赤い肌《はだ》を見せたりして仰ぎ見るばかりに堂々たるものとなつた。
 自分の墓を立てる処もちやんと定《き》まつてゐる。真白な大理石の可愛らしい、美しい墓石もちやんと準備が出来てゐる、墓に関してのすべての遺言状も何遍となく浄書し直して、自分の文庫の中に丁寧に蔵《しま》はれてある。
 彼は毎日庭の掃除をしたりして、只管《ひたすら》死病の自分に来るのを静かに待つてゐるのであつた。彼にとつては、かの物静かな
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