どとは、これまでにつひぞ思つて見た事さへなかつた。全く予想外な事なのであつた。自分にはこんな呑気な、伸々とした、楽な時間は一度も与へられずに生涯を終るものとのみ独《ひと》りで定《き》めてゐた。
自分は選ばれなかつたのだ、かうした星の下に生れて来たのだ、半ばこんな風にも諦《あきら》めて居た。
彼には男四人女四人、都合八人の子供がある。内気な、正直な彼にはこれ等の八人の子供の父であると云ふ丈《だけ》でも、単純な意味で自分の為めの生活なんて事は思ひもよらないのであつた。彼は自分の最も働き盛りの殆《ほと》んど全《すべ》ての歳月と精力とをその子供等の教育費や、それから娘たちの嫁入りの仕度《したく》の為めに費さなければならなかつた。
二
秋ももう半ばを過ぎ、このあたりではめつきり寒気が加はり、人の吐き出す息がはつきりと白く見えるやうになつてからの或《あ》るからつ[#「からつ」に傍点]と晴れ渡つた朝、大勢の人足によつて、二百本あまりの見事な小松が老医師の裏の畑地へ運び込まれた。その日は老医師も朝早くから庭に出て、下男の権爺と二人で人足共の監督をしたりした。
その翌日から急に
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