あらしはつらし道すごし。

嗚呼コーカサス峯高く
千重の叢雲むらだちて
下界のひゞきやむところ
天上の火を奪ひ來し
彼のたぐひか青ぐもの
 大空翔くる鷲一羽
 あらしははげし道遠し。

  萬有と詩人

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Atque omne immensum peragravit mente
 animoque. Lucretius.
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「渾沌」よさし窮りて
時「永劫」のふところを
出でしわが世のあさぼらけ
かざしににほふ明星の
光に琴を震はして
詩人よ君は歌ひしか。

流るゝ光りしづむ影
過ぎし幾世の春秋ぞ
巖は移り山は去り
淵も幾たび替りけむ
おほあめつちの美はしき
たくみは今もむかしにて。

あゝわだつみの波の花
銀蛇の飛ぶに似たるかな
仰げば空に虹高し
虹にも醉はぬわがこゝろ
波にもにぶきわがこゝろ
たのむは獨り君が歌。

生ける焔のバプテズマ
浮世の塵を燒き掃ひ
雲を震はせ風に呼び
光に暗に伴ひて
大空遠く翔けりくる
詩神の歌を君聞くや。

あさ日の光りゆふ光り
かれとこれとの染め替ふる
たくみもよしや天雲《あまぐも》の
輕羅のころも花ごろ
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