水面に影を宿すとき
江山遠き一竿《いつかん》の
不文のひじり何と見む
思は清く身は輕く
自在はわれに似たる身の。

自然の姿とこしへに
われは昨日の我ながら
嗚呼函關の紫も
昔のあとぞ遙かなる、
帝郷遠し影白く
泛べば慕ふ友や誰れ。

  星と花

同じ「自然」のおん母の
御手にそだちし姉と妹《いも》
み空の花を星といひ
わが世の星を花といふ。

かれとこれとに隔たれど
にほひは同じ星と花
笑みと光を宵々に
替はすもやさし花と星

されば曙《あけぼの》雲白く
御空の花のしぼむとき
見よ白露のひとしづく
わが世の星に涙あり。

  鷲

紫にほふ横雲の
露や染めけむ花すみれ
花に戯るゝ蜂蝶《ほうてふ》の
戀か恨かうつゝ世の
はかなき春をよそにして
 大空のぼる鷲一羽
 あらしは寒し道さびし。

春の姿はたへなれど
花の薫りはにほへれど
其春よりも美はしく
其花よりもかんばしき
雲井のをちをめざしつゝ
 大空高く鷲一羽
 あらしはきびし道かたし。

背には無限の天《てん》を負ひ
緑雲はねにつんざきて
飛び行くはてはいづくぞや
望のあした持ち來る
高き薫りのあとゝめて
 大空めぐる鷲一羽

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