やめば名殘の空遠く
泛ぶ七いろ虹のはし。

曙の紫こむらさき
澄みてきらめく明星の
光微かに眠るとき
覺むる朝日を待ちわびつ
やがて焔の羽《はね》添へて
中ぞら高くのぼし行く。

しづけき夜半の大空に
ほのめき出づる月の姫
下界の花を慕ひつゝ
半ば耻らふ面影は
ために掩ほはむわが情
輕羅の袖と身を替て。

照りて萬朶の花霞
花にも勝る身の粧
あるは歸鳥の影呑みて
ゆふべ奇峯の夏の空
海原遙か泛びては
紛ふ白帆の影寒く。

織ればわが文春の波
染むれば巧み秋の野邊
羽蓋|凝《こほ》りて玉帝の
御駕《みくるま》空に駐るべく
錦旗かへりて天上の
御遊《ぎよゆふ》の列の動くべく。

跡こそ替れ替りなき
自然の工みわが匂ひ
嶺に靉く夕暮は
天女羅綾の舞ごろも
斷片風に流れては
われ晴空の孤月輪。

影縹緲の空遠く
ゆふべいざよふわが姿
無心のあとは有《いふ》情の
誰が高樓《かうろう》の眺めぞや
珠簾かすかに洩れいでゝ
咽ぶ妻琴ねも細く。

千仭高ききり崖《ぎし》の
嶺に聳たつ松一木
緑の枝に寄りかゝり
風の袂を振ふとき
鳴く音《おと》すみて來るたづに
貸さむ今宵の夢の宿。

岸の柳ともろともに
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