うに動悸《どうき》して、こんなに重くなって来ました、――(にわかに思い当れるがごとく)ああ、やっぱり悪蛇が来たのでございます、あの蒼い霧が、どこからともなく漂って参りました妙念様、お手をかして下さいまし、もう眼の中が渦《うず》をまいて、あなたのお姿も見えませぬ、息をするのも、――髪の毛よりも細い蛇が首へからんで息がくるしくなって来ました――
妙念 (にわかに依志子に向い、破るるがごとく、しかれども悲しみ慄《ふる》えて)依志子お前は己の胸の中へ、邪婬の息を吹き込んだのだな。
依志子 (身をあがきて)妙念様――
妙念 今という今、己の眼に、ありありとした物の姿が見えて来た、これまでとうとい法力だと思っていたのは、お前の腹の中でうごめいている醜い胎子のことだったのだ。お前は己の心を邪婬の爪で、ずたずたに引きさいてしまったのだな――
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     第五段

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この時三つの相《すがた》に分ち、顕われたる鬼女清姫、いずこより登りしともなく鐘楼にあらわる。
はなはだしき面色の蒼白は、赤き唇と小さき眼とのみありて、ほとんどなめらか[#「なめらか」に傍点]な
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