の霧をひきはがすことは出来ないというのか、どんなとうとい法力をかりても、どんなおおどかな梵音をひびかしても、己の祈念が外道の執念に叶《かな》わないというのか。
依志子 (妙念の方は顧みで下手の空を仰ぎみつつ)はげしい風が向うへ吹くので、みんな飛ばされるように羽根をひろげて、ほんとに幾千とも数が知れませぬ、山中の鳥が立って行くようでございます。(新たなる聴覚の情)それに、不思議な物の音《ね》がきこえて参りました、あの鳥の声々にまじって、――
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この時より妙念は、心中に何事か思い当れるをみずから窺視せんとするがごとく、内に鋭き眼を放ちて凝立してあり。二者の動白各個に分る。
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依志子 (ようように肉体の平らかならざるを感じつつ声調次第に変ず)だけども私は――寒さが、妙念様、つめたい蛇の鱗に肌を巻かれるような寒さが、骨の中まで滲《し》みて来る心持はなさいませぬか、(戦慄)何かの水が身体中《からだじゅう》を流れる――(胸を掴み苦悶しつつ)だんだん乳が、膿《うみ》をもったはれもの[#「はれもの」に傍点]のよ
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