あまる黒髪を地にしいておりました。もう私は恐ろしさどころではございませぬ。にわかに自分の心が白絹のようにはっきりして、あなたのお身と鐘とが気づかわしさに、胎《はら》の子も禁制のことも知ってはいながら、命の最後を覚悟してはせ上って来たのでございます。
妙念 (蹌踉《そうろう》として正面に眼をすえたるままに歩み出でみずからに言えるがごとく声調怪しくゆるやか)三人の鬼女に分れて上って来るというのか、己の手がたたきひしいだのは悪蛇ではなかったのだな。己の身はやっぱり遁《のが》れることも出来ない呪いにまかれてしまったというのか。
依志子 (宥《なだ》むるごとく寄り縋り)気を鎮めて下さいまし妙念様。(手を取りて)こんな酷《むごたら》しい血を流して、まあ青すじまでが、みみず[#「みみず」に傍点]のように。ほんとにどのような苦しい思いが、乱れた心を刺しまわるやら――(にわかにあたりを視まわして)あ、どうしたのでしょう。大変鳥がむらがって向うの方へ飛んで参ります。あんな怪しい叫びようをしてあとからもあとからも。この夜更けにどうしたというのだろう。
妙念 (依然としてうつつなき眼を定め)もうこの山から呪い
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