かるように、あちこちへ身をゆり動かすのに運ばれて、夜の更けるのも知らず、村中をどこというあてもなしにさまよい歩いておりましたが、いつのまにか川のところまで来てしまったのでございます。
妙念 (静かに強く)川の中から蛇体が上って来たのか。
依志子 いいえ水の上には銀色に濡れた月の煙が静かによどんで、ずっと下《しも》のあたりまできらきら輝いた川波は、寝入ったような深い夜の息をついておりました。私はまだうつつないありさまで、橋からこっちへ歩きつづけておりますと、不意に、露の上を素足で蹈《ふ》むような怪しい音がきこえて、四辺《あたり》が蒼白くかすんで来ました、私は思わずふり向いて見ますと、そこへもう、三人の鬼女に分れた悪蛇が、歩いて来るのでございます。
妙念 ええどんな顔をしていた、お前はそれからどうしたのだ。
依志子 そのまま私のそばを見返りもせず走せぬけて、水に沈んで行く魚のようにお山の方へ消えて行ってしまいました。みんな同《おんな》じ顔なのでございます。三人とも小さな眼に眉毛《まゆげ》もなく、川魚の肌《はだ》のような蒼白い顔色に、口だけがまだ濡れている血のように赤く光って、左の肩から丈に
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