とのように邪婬の畜生のとわめくのがはじまろうわ。
若僧 もう呻くような声がきこえて参ります。
妙信 (必ずしも対者にもの言うがごとくならずして)だがとやかくいうものの今夜という今夜こそ、あのように乱れた心の中は蛇《へび》の巣でもあばいたように、数知れぬむごたらしい恐れがうごめいて、どんな思いをさせていようも知れぬことだ。
若僧 (妙信に向い)ほんとに悪蛇《あくじゃ》の怨霊《おんりょう》というのは、今夜の内に上って来るのでございましょうか。
妙信 (若僧のもの問えるを知らざるがごとく、すでに鐘楼の鐘を仰ぎ視《み》て憎しげに)みんなこの鐘が出来たばかりよ。なまじ外道の呻くような音《ね》をひびかしたばかりに、山中がこんな恐ろしい思いをせねばならぬわ――
若僧 (迹りてひそやかに強く)今夜のうちにその悪霊は、きっと上って来るのでございましょうか。
妙信 (始めて顧り視て)ほんとにのぼって来ようぞ。俺《わし》にはもうじとじとした呪《のろ》いの霧が山中にまつわって、木々の影まで怪しくゆらめいて来たような気がするわ。それにしても和主《おぬし》は不憫《ふびん》なが、何にも知らずこんな山へ迷い込んで来た
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