から、生赤い血の汁なぞが流れようもありませぬし、何よりも私は、まのあたり上って来る姿にあったのでございます――
妙念 (焦ら立ち迹りて)己のたたきひしいだのが悪蛇ではない?――(下手の森の方を一瞥《いちべつ》し、また)その上ってくるのにお前があったというのはいつだ。どこで見たのだ。
依志子 川の、日高川の傍で。三人の鬼女に分れてお山へ消えて行くのを追いながら、私はかけ上って来たのですから、もうどのようにしてもこのあたりへ来ている時でございます。(再び妙念に縋り)妙念様。どうぞ気を鎮《しず》めて下さいまし、いよいよ最後の時が参りました。
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妙念は不安に刻まるるがごとく、ともに周辺を眺めたりしが、僧徒らの姿を見るやまたあららかに、
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妙念 お前たちは本門の傍で見張りをしているのだ、また眠りこけてなんぞいると、総身の膚膩《ふに》が焼き剥がれて生きながら骸骨《がいこつ》ばかりになってしまうのだぞ。早く行け、何をぐずぐずしているのだ。
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僧徒ら影のごとく黙して後の坂路より降り行く。
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