。(異変なきさまを見得てやや心落ちつきしがごとく、はじめて妙念の血の色に気づき驚き身を退りつつ)ああ、血が――
妙念 鐘は見る通りまじないほどのひびも入らぬ。(再び怪体なる驕慢《きょうまん》の微笑)その上にもう悪蛇は血の汁も出なくなって、皮ばかりにひしゃげた首をあすこの石の間に垂れているわ。
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依志子|愕然《がくぜん》たる表情。
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妙念 (妙念語り止《や》むことなく)久遠までかかっていた邪婬《じゃいん》の呪いが二十年しかたたぬ今夜、とうとい祈誓の法力で風に散らされて粉のように消え失《う》せてしまったのだ。悪蛇の奴、生白い男体に僧衣をまとって呪《のろ》いに来たのだが、お前の一念がこの鐘を鋳上げたばかりに、己の指の爪という爪にもありがたい仏身の力が充《み》ち満ちて、執念深い鱗の一とひらまで枯葉のように破り散らしてくれたのだ。
依志子 (傷《いた》ましげに妙念のものいえるをうちまもり、また不安なる態に周辺を顧みて)そんなことをおっしゃって、やっぱりそれが悪蛇ではございませぬ。あの銀のようにつめたい蛇身
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