来るばかりで何も見えは致しませぬ。(僧徒らの方を顧みつつ)物の音《ね》は三度目に、この根元あたりできこえたのでございますけれど。
妙源 (腹立たしげに)ええ何もきこえたのではないのじゃないか。わけもないことを言って人を驚かす奴だ。
妙海 わしにもたしかにきこえた。ちょうどつめたい鱗が笹の葉をなでるような――
若僧 (迹りて)そのような物の音《ね》ではございませぬ。やっぱり女人の長い髪が、重そうに葉の上を流れて行く音でございました。(再び森の中を見て)あすこの欅《けやき》の根元からこの裾《すそ》へかけて三度ばかりきこえました。
妙源 みんな恐ろしさに耳の中まで慄えるので、自分の血のめぐる音《おと》がいろいろな物の音《ね》にきこえるのだ。
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     第三段

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この時上手鐘楼の角より和尚妙念|顕《あら》わる。僧徒らは中辺より下手の方にたたずみて背《そびら》をなしたれば知らであり。齢《とし》五十に満たざるがごとくなれど、眼《まなこ》の色、よのつねのものには似ず、面色|憔悴《しょうすい》して蒼白く、手には珠数を下げ僧衣古びたれどみずから別をなす
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