また、何ぞに追いかけられてでも来たのかと思って、無益なことに爪《つめ》の先までわなないた。このような晩にはあんまり人を驚かさぬものだ。
妙海 そうはいうもののこの路だ、くらやみ[#「くらやみ」に傍点]と月明りで、いろいろに姿をかえた木や石が慄《ふる》える指をのばすように前うしろから迫って、真実、魔性の息が小蛇のように襟元《えりもと》へ追いかけてくる気もするぞい。
妙信 だが別に悪霊の姿というても見えぬに、どうしてそんな息せいてかけ上って来たのだ。
妙源 あんなところにたった二人で、見はりなどがしていられると思うかい。
妙海 ここいらにいては考えにも及ばぬ。ちょうどおとといの地崩れに、前の杉が谷の中へ落ち込んだので、門の下に坐っていると頭から蛇の鱗のようなつめたい月の光りがひたひた[#「ひたひた」に傍点]まつわりついて、お互いに見合わす顔といえば、滴《しずく》でも垂《た》れて来そうな気味の悪さだ。物を言えば物を言うで、二人とも歯と歯の打ち合う音ばかり高くきこえて、常とは似つかぬ自分の慄え声が、何ぞに乗りつかれでもしはせぬかと思う怖ろしさに、言いたいことも言わぬうち、われと口を噤《つぐ》ん
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