三菱に勤め口を持つてゐるところの彼等ではないか。人生を甘く考へて原稿書きになつた私などとは人種が違ふ。人種の相違は今日大きな問題である。
こゝで私は同じ人種である一人の友人をおもひ出した。彼はある日、私を訪ねて来て、いきなりかういひ出した。君、僕の判は要らんかね? 僕は今日区役所へ行つて実印届といふのをして来たんだよ、見給へ、こいつだ。見かけは詰らんたゞの木彫の印形だが、届けが済んでこれが役所の台帳にぺたんと押されると、もうたゞの印形ぢやない。ちやんと一つの人格を持つてくるんだ。こいつが口を利く。こいつが物をいふ。どうだね君、愉快ぢやないか、面白いぢやないか。よかつたら君、何にでも押してやるぜ。つまりこの友人は、その小さな印形が一つの魔力を持ちはじめた、といふ事で嬉しくて堪らんのであつた。でその嬉しさのお裾分を私にもして進ぜようといふのであつた。当時生憎と私には押して貰ふ何物も無かつたので、あり合せた新聞紙の欄外に押して貰つただけであつたが、もう一人の別な友人は、それほどに君がいふならといつて、連れ立つて高利貸のところへ行つた。いふまでもなくその魔力を持つた印形が口を利いてお金を借り
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