人物とは知らなかつた。次官になつたからといふので慌てゝ駆付けたのでは料簡が卑劣すぎやう。先見の明を欠いてこれは手後れである。三井銀行にはむかし私の家内へ恋文をつけたりしたのがゐるが、これはこつちから交際を求めたら気味わるがつて逃げるかもしれない。三菱にだつて学校の同窓でいまは相当な地位にゐる奴があるが、これは学生時代、どうしてあんな奴が文科などを志望してやつて来たのだらうかと、不思議がつた末に軽蔑しつゞけた相手だから、今となつて急に尊敬するのも義理が欠ける。一歩誤つたが最後踏み直しの出来ぬのが世渡りの道だといふが、誤つてしまふと家を借りることだつて出来やしないのか。
 保証といふことは判を押すことですよ、とはしかし婆さんも確かなことを教へてくれたものである。保証はしてくれてもなか/\判は押して貰へるものではない。私も世渡りの道を誤つたが、よしんば誤らずにあの拓務大蔵三井三菱と交際を持つてゐたとしても、しかし彼等は容易に判を押して呉れたであらうか。人生を甘く考へることは禁物である。連れ添ふ女房ですらいざといふ場合にはこちらを信用しやしない。人生を甘く考へなかつた廉によつて今日拓務大蔵三井
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