人を寛闊な精神の中に導き入れ、隔心のない声で語らせ、そして赤裸々に正直なところを打ち明けさせる。私は家主さんに自分の貧乏を話した。貯金が一銭もないことを語つた。だから出来れば家賃も負けて貰ひたく、敷金も数を減らして貰ひたいといふ意中を申し述べた。すると家主さんは依然として長者風に、御尤もですとうなづいてくれた。さうしてから、しかし、と己がしかしについて語りはじめたのである。
しかし、奥さんと御相談なさらずにお決めになつてもよろしいのですか? 何んのこつた。家主さんのしかしはそんなしかしであつたのか、私は笑つた。いや、私んとこでは私が主人ですよ、すると長者さんは、いかにも長者らしく顔をしかめて、それはいけませんよ、男といふものは外へ出て得手勝手ができるのだから、せめて家のこと位は奥さんの御勝手を認めておやりなさい。家庭は平和が大切ですぜ。
家主さんのこの御忠告は道理である。だがこゝにそんな事まで書くことは聊か余計な事ではないかとお思ひになる諸君がおありかもしれない。がそれはそれとして、次の一挿話を読んで戴きたい。
三つの敷金を二つにしてくれた。七十五円といふ家賃は、その建物として
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