遺妻と三人の子供とをつれて、どこへか遠く漂泊し去つたというのみでそれ以上、何の手がゝりもありませんでした。
 牧師へのウ※[#小書き片仮名ヲ、398−上−2]ルターの手紙だけでは、むろん、彼が語つてゐる、全事実の真偽が、疑へば疑はれないこともないわけですが、この医師の手紙によつて、すべてが十分符合するところへ、たま/\、なほ一通、さきに、牧師がウ※[#小書き片仮名ヲ、398−上−5]ルターを乗組員に托した、あの貨物汽船の船長から次のやうな報告が来ました。
「かのウ※[#小書き片仮名ヲ、398−上−8]ルターが、コロンボで下船して遁走しましたことは、すでにお話ししましたが、その後、私は、最近、はからずも、アデンの、チグリス河の河岸で彼に出会ひました。彼はアラビヤ人の遊牧民に仮装してゐましたので、彼の方からよびかけられなかつたら、私は全然気づかないでしまふところでした。その異やうななり[#「なり」に傍点]をした彼は、河岸につないだぼろけたモーターボウトの破損箇所へ、いかけ[#「いかけ」に傍点]をしてゐました。彼は、おゝ船長と、全で毎日会つてゐる人にいふやうに、のんきに私をよびかけました。私
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