、その貴翰を、二人のための、この上なき貴重な記念としてゐる容子で、たゞ、ちよつと私どもに見せたきり、すぐに、しまひこんで、つひに二度とは見せませんでした。患者は、手あての甲斐もなく、八月二十六日に死亡しました。
あはれなるはアラビア婦人でした。彼女は、アラビア人としては容貌のよい、品位ある女で、夫には命をもかけて、尽してゐたらしく、今度も、七十マイル以上のところから、はる/″\つれて来たのです。夫の死を見た彼女の悲痛は、全く言葉につくすことが出来ません。彼女は、夫の埋葬された塚の上に、十八時間も伏して泣いてゐました。そこへ、たま/\彼女の父なる、回々教の一長老が出て来ました。この父が数時間かゝつて、やうやく彼女を引きおこしてつれていきました。去るにのぞみ、彼女は、われ/\の努力、それは、もとより、小さな当り前の任務であるにかゝはらず、それを、涙をもつて、ひどく感謝しつゞけました。」
この女そのものにも感激したホームス牧師は、すぐにこの医師にたのんで、その行くへをさぐつてもらひました。しかし、長老はその後、間もなく全財産を売りはらひ、ウ※[#小書き片仮名ヲ、397−下−19]ルターの
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