、やさしい彼の妻の声でした。彼女は彼の耳に口をつけて、さゝやき、再び彼を、この村での、もとの唖にさせてしまひました。しばらくして彼女は彼を背中におぶつて歩き出しました。それから、途中でいくどとなく彼を下して休ませ休ませしながら、つひに、五六マイルはなれた、彼女の父親の家へはこびこみました。
彼の気分がやつとたしかになつたとき、妻は彼の家が焼かれたいきさつ[#「いきさつ」に傍点]を話しました。数週間前の或午後、騎馬のトルコ兵の一隊が北の方から彼の村へやつて来て、危険だから、すぐに沙漠の中へ立ちのけとやさしく彼女たちに言ひわたし、着のみ着のまゝで追ひ立てたものださうです。彼女は沙漠の上に夜が下りかゝるのをまつて、子供たちをつれて家のやうすを見にかへると、家はいつの間にかすつかり焼きはらはれてゐたのだといひます。
村の女たちの話では、トルコ兵は家々の中へはいりこんで、値のあるかぎりのものをすつかり掠奪し、小さな畠の作物や、コーヒーのとりいれをまで、こと/″\くうばひとつた後、家をやきはらつて行つたのださうでした。
彼女は仕方なしに三人の子供を母親のところにあづけ、焼けのこつた或家に、一
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