ながら、そこから少し先の村にある、彼の家を目ざして、にじり動きました。彼は月光のみなぎつた砂地を横ぎつて、やつとのおもひでわが家のそばの林の下まで来ました。もう一と息でその林をくゞり出れば、彼のこひしい妻と三人の子供との手を取ることが出来るのだと思ふと、半死人のごとくに、へと/\になつた彼自身の中に、急にあたらしい命が注ぎ入れられたやうに元気づきました。彼は思はず立ち上つて走り出しました。しかし林をくゞりぬけると同時に、彼は、あッと叫んで倒れころがりました。彼の家は、すつかり焼け落ちて灰のかたまりだけになつてゐるではありませんか。彼はおどろきのあまり、そのまゝ気絶してしまひました。
牧師殿よ、しかし神のお恵みのありがたさ。彼はやがて、何だか真つ黒な眠りから目ざめるやうな気持で、かすかに目を見ひらきました。まだ、すべてが、わけの分らない夢のやうで、はつきりしませんでしたが、ともかく彼はだれかの膝の上にかき抱かれて両手をかたく握られてゐました。変だなと、ぼんやり気づいたとき、彼の顔の上へ、ぽた/\と熱い涙がしたゝり落ちました。
「おゝ、あなたよ。」と喜ぶ、女のアラビア言葉は、まがひもない
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