私はあまり人のざわつくところは厭だもんですから。――その代り宿屋なんぞのないということははじめから承知の上なんでしたけれど、さあ、船から上ってそこらの家《うち》へ頼んでみると、はたしてみんな断ってしまうでしょう。困ったんですよ」
 婦人は微笑む。
「それでしかたがないもんだから、とうとのこのこ役場へやって行ったんでした。くるくる坊主ですねここの村長は」
「ええ、ほほほ」
「そしたらあの人が親切に心配してくれたんです」
「そしてここの小母さんに、私は母というものがないんだから、こんな家へ置いてもらったらいいのですがって、そうおっしゃったのですってね」
「そうでしたかなあ。とにかく小母さんを一と目見るとから、何かしら懐しくなったんです」
「そんなにおっしゃったものですから、小母さんもしおらしい方だと思って、お世話をする気になったんですって」
「私は今では小母さんが生みの親のように思われるんですよ。私の家にいたって何だか旅の下宿にでもいるような気がするんですもの」
「小母さんも青木さんはあたし[#「あたし」に傍点]の内証の子なんだかもしれないなんて冗談をおっしゃるんですよ」
「あ、いつか小母
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