うぽうと啼《な》いている。目の前の枯枝から女郎蜘蛛《じょろうぐも》が下る。手を上げて祓《はら》い落そうとすると、蜘蛛はすらすらと枝へ帰る。この時|袂《たもと》の貝殻ががさと鳴る。今までとんと忘れていたけれど、もうこの貝殻も持っていたってつまらないと思って、一つずつ出しては離れの屋根を目がけて投げつける。屋根へ届くのは一つもない。みんな途中へ落ちる。落ちて木の葉が幽《かす》かに鳴る。今のは何とも答がなかったと思うと、しばらくして思いだしたようにばさというのがある。目を閉じて横の方へうんと投げて、どの見当で音がするか当ててみる。しなければするまで投げる。しまいには三つも四つも握《にぎ》ってむちゃくちゃに投げる。とうとう袂の底には、からからの藻草の切れと小砂とが残ったばかりである。
ふたたび白帆を見る。藤さんのはいつまでも一つところにいる。遠くの分はもう亡くなっている。そして、近く岸の薄《すすき》のはずれにこちらへ帰る帆がまた一つある。どこから帰ったのかとはじめは訝《いぶか》しむ。そのうちに、これは一番はじめのがこちらへ近づいたのではあるまいかと疑う。みるみる岸に近くなる。それでは藤さんの
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