−12]《むし》っている。
 常吉が手を叩くと、お長は立って、白馬を引いて行く。網の袋には馬鈴薯がいっぱいになっている。白馬が帰ってくると、嫁の赤馬が出て行く。赤が帰ると白が出る。
「父《とう》やん、はあ止《や》めにしなんせ」と常吉が鉢巻《はちまき》を取った時には、もう馬の影も地に写らなかった。自分は何時間おったか知らぬ。鳥貝の白帆もとくにいなくなっている。
「旦那は先い往《い》んなんせ。お初やんが尋ねに出ましょうに」と母親がいう。自分は初めて貝殻の事を思いだして、そこそこに水天宮のところまで帰ってくる。
 夕日がはるか向いの島蔭に沈みかかっている。貝殻はもう止そうかしらと思ったが、何だか気がすまぬゆえ、せめて三つ四つばかりでもと思って干潟へ下りる。嫁の皿という貝殻がたくさんころがっている。拾いだすとなかなか止められない。とうと片っ方の袂《たもと》へおおかたいっぱいになるまで拾う。
 上へ上ってみると、自分の歩いた下駄の跡《あと》が、居坐った二つの漁船《りょうせん》の間にうねすねと二筋に続いている。帰ったら藤さんが一番に出てきて、まあ何をしておいでになったんですと言うであろう。そして貝
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