《みかん》を積んでいる。
と、
「まあ誰ぞいの」と機を織っていた女が甲走《かんばし》った声を立てる。藁の男が入口に立ち塞《ふさが》って、自分を見て笑いながら、じりじりとあとしざりをして、背中の藁を中へ押しこめているのである。
「暗いわいの」と女がいうと、
「ふふふ」と男は笑っている。打とけた仲かもしれない。
ふたたび藤さんの事を考えつつ行く。初やは事情を知っているかもしれぬ。あれに喋《しゃべ》らせてみようかしらと思う。
このあたりはすべて漁師《りょうし》の住居である。赤ん坊を竹籠へ入れて、軒へぶらぶら釣り下げて、時々手を挙げて突きながら、網の破れをかがっている女房がある。縁先の蓆《むしろ》に広げた切芋へ、蠅が真っ黒に集《たか》って、まるで蠅を干したようになっているのがある。だけれど、初やに聞くというのは、何だか、小母さんが言わないでいることを蔭へ廻って探るようで変である。聞くまい。知れる時には知れるのだ。自分はなぜこんなに藤さんの事を気にするのであろう。たんに好奇心というにすぎないのであろうか。
この時自分は、浜の堤《つつみ》の両側に背丈よりも高い枯薄《かれすすき》が透間《すき
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