十《はたち》で子が二十一。どこで算用《さんにょ》が違《ちご》たやら」
「ようい、よい」と野袴の一人が囃《はや》す。
横の馬小屋を覗《のぞ》いてみたが、中に馬はいなかった。馬小屋のはずれから、道の片側を無花果《いちじゅく》の木が長く続いている。自分はその影を踏んで行く。両方は一段低くなった麦畠である。お仙の歌はおいおいに聞えなくなる。ふと藤さんの事が胸に浮んでくる。藤さんはもう一と月も逗留しているのだと言った。そして毎日|鬱《ふさ》いでばかりいたと言った。何か訳があるのであろう。昨夜《ゆうべ》小母さんがにわかに黙ってしまったのは、眠いからばかりではなかったらしい。どういうことなのであろうかとしきりに考えてみる。
後《うしろ》から鈴の音が来る。自分はわが考えの中で鳴るのかと思う。前から藁《わら》を背負った男が来る。後で、
「ごめんなんせ」という。振り向くと、馬の鼻が肩のところに覗いている。小走りに百姓家の軒下へ避《よ》ける。そこには土間で機《はた》を織っている。小声で歌を謡っている。
「おおい」と言って馬を曳いた男が立ちどまる。藁の男は足早に同じ軒下へ避《よ》ける。馬は通り抜ける。蜜柑
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