「何が」
「でもたった今これを始めたばかりですから」
「ついでに仕上げてしまいたいのですか」
「いいえ、そうじゃないのですけど、何だか小母さんにすまないから。――あたし行きたいんですけれど」
「では行けばいいじゃありませんか」
「そんなことはかまわないんですけどね、あたしこちらへまいってから、いつも鬱《ふさ》いでばかりいて、何一つろくにお手伝いしたこともないんでしょう」
自分は立膝をして、物尺《ものさし》を持って針山の針をこつこつ叩いて、順々に少しずつ引っこませていたが、ふと叩きすぎて、一本の針を頭も見えないようにしてしまう。幸にそれにはちょっとした糸がついていたので、ぐいとその糸を引くと、針はすらりと抜ける。
「もう一と月からになるのですのに、ずっと私そんなでしたものですから、今日は気分はいいし、私の方からそう言って、これを言いつかったのですのに」
「かまわないや、そんなことは」
「だって女はそうも……」と、針に糸を通す。
自分は素直に立って、独りで玄関へ下りたが、何だか張合が抜けたようでしばらくぼんやりと敷居に立っている。
と、
「兄さん」と藤さんが出てくる。
「あそこに水天
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