宮さまが見えてるでしょう。あそこの浜辺に綺麗《きれい》な貝殻がたくさんありますから、拾っていらっしゃいな」という。そんなに勢《はず》まないのだけれど、もうよそうとも言えないので、干し列べた平茎の中をぶらぶらと出て行く。
 五六歩すると藤さんがまた呼びかける。
「あなたお背《せな》に綿屑かしら喰っついていますよ」
「どこに?」
「もっと下」
「このへんですか」
「いいえ」
「大きいのですか」
「あ、もうちょっと上」と言い言い出てきて取ってくれる。真綿の切れに赤い絹糸の絡《から》んだのが喰っついていたのである。藤さんはそれを手で揉《も》みながら、
「いいお天気ですね」という。いっしょに行ってみたいという念がそぶりに表われている。門を出しなに振り返ると、藤さんはまだうろうろと立っている。
「お早くお帰りなさいましな」
「ええ」と自分は後の事は何んにも知らずに、ステッキを振り廻しながらとことこと出て行ったけれど、二人はついにこれが永き別れとなったのである。
 もちろんこの時には、借りた着物はもう着換えていた。着換えるまで自分は何の気もなしにいたけれど、こうして島の宿りに客となって、女の人の着物
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