ら抜いた絵である。女が白衣の胸にはさんだ一輪の花が、血のように滲《にじ》んでいる。目を細くして見ていると、女はだんだん絵から抜けでて、自分の方へ近寄ってくるように思われる。
すると、いつの間にか、年若い一人の婦人が自分の後に坐っている。きちんとした嬢さんである。しとやかに挨拶をする。自分はまごついて冠を解き捨てる。
婦人は微笑《ほほえ》みながら、
「まあ、この間から毎日毎日お待ち申していたんですよ」という。
「こんな不自由な島ですから、ああはおっしゃってもとうとお出でくださらないのかもしれないと申しまして、しまいにはみんなで気を落していましたのでございますよ」と、懐かしそうに言うのである。自分は狐にでもつま[#「つま」に傍点]まれたようであった。丘の上の一《ひと》つ家《や》の黄昏《たそがれ》に、こんな思いも設けぬ女の人がのこりと現れて、さも親しい仲のように対してくる。かつて見も知らねば、どこの誰という見当もつかぬ。自分はただもじもじと帯上を畳んでいたが、やっと、
「おば[#「おば」に傍点]さんもみんな留守なんだそうですね」とはじめて口を聞く。
「あの、今日は午過ぎから、みんなで大根
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