ってみる。麓《ふもと》の家で方々に白木綿を織るのが轡虫《くつわむし》が鳴くように聞える。廊下には草花の床《とこ》が女帯ほどの幅で長く続いている。二三種の花が咲いている。水仙の一と株に花床が尽きて、低い階段を拾うと、そこが六畳の中二階である。自分が記念に置いて往った摺絵《すりえ》が、そのままに仄暗《ほのぐら》く壁に懸っている。これが目につくと、久しぶりで自分の家《うち》に帰ってきでもしたように懐《なつか》しくなる。床の上に、小さな花瓶に竜胆《りんどう》の花が四五本挿してある。夏二た月の逗留《とうりゅう》の間、自分はこの花瓶に入り替りしおらしい花を絶やしたことがなかった。床の横の押入から、赤い縮緬《ちりめん》の帯上げのようなものが少しばかり食《は》みだしている。ちょっと引っ張ってみるとすうと出る。どこまで出るかと続けて引っ張るとすらすらとすっかり出る。
 自分はそれをいくつにも畳んでみたり、手の甲へ巻きつけたりしていじくる。後には頭から頤《あご》へ掛けて、冠《かんむり》の紐《ひも》のように結んで、垂れ下ったところを握ったまま、立膝になって、壁の摺絵を見つめる。「ネイションス・ピクチュア」か
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