るんだわ」という。
 ちょうど一と区切りついたから向きなおる。藤さんは少し離れて膝を突いている。
「お召し物も来たんでしょう?――では早くお着換えなさいましな。女の着物なんか召しておかしいわ」と微笑む。自分は笑って、袖を翳《かざ》してみる。
「さっきね」と、藤さんは袂《たもと》へ手を入れて火鉢の方へ来る。
「これごらんなさい」と、袂の紅絹《もみ》裏の間から取りだしたのは、茎《くき》の長い一輪の白い花である。
「このごろこんな花が」
「蒲公英《たんぽぽ》ですか」と手に取る。
「どこで目っけたんです? たった一本咲いてたんですか」
「どうですか。さっき玉子を持ってきた女の子がくれてったんですの。どこかの石垣に咲いていたんだそうです。初やがね、これはこのごろあんまり暖かいものだから、つい欺《だま》されて出てきたんですって」
 返した花を藤さんは指先でくるくる廻している。
「本当にもう春のようですね、こちらの気候は」
「暖いところですのね」
 自分はもくもくと日のさした障子を見つめて、陽炎《かげろう》のような心持になる。
「私ただ今お邪魔じゃございませんか」
「何がです?」
「お手紙はお急ぎじ
前へ 次へ
全45ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング