ゃないのですか」
「そうですね。――郵便の船は午《ひる》に出るんでしたね」
「ええ。ではあとですぐ行李をこちらへ運ばせますから」と、藤さんは張合がなさそうに立って行く。
「あ、この花は?」
「え?」と出口で振り向いて、
「それはあなたにおあげ申したのですわ」
 藤さんが行ってしまったあとは何やら物足りないようである。たんぽぽを机の上に置く。手紙はもう書きたくない。藤さんがもう一度やってこないかと思う。ちぎった書き崩しを拾って、くちゃくちゃに揉んだのを披《ひろ》げて、皺《しわ》を延ばして畳んで、また披げて、今度は片端から噛み切っては口の中で丸める。いつしかいろいろの夢を見はじめる。――自分は覚めていて夢を見る。夢と自分で名づけている。
 馬の鈴が聞えてくる。女が謡《うた》うのが聞える。
 ふと立って廊下へ出る。藤さんが池のそばに踞《しゃが》んでいて、
「もうおすみになって?」と声をかける。自分は半煮えのような返事をする。母屋《おもや》の縁先で何匹かのカナリヤがやっきに囀《さえず》り合っている。庭いっぱいの黄色い日向は彼らが吐きだしているのかと思われる。
「ちょっといらっしてごらんなさいな
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