よりとしている。
何だか煮えきらない。藤さんが今度来たのはどうしたのだというのか。何かおもしろくない事情があるのであろうか。小母さんは何とか言いかけてひょっくり黙ってしまった。藤さんはどうして九月から家を出ているのか。この対岸《むかい》のどんな人のところにいるのであろう。
池へ山水の落ちるのが幽《かす》かに聞える。小母さんはいつしか顔を出してすやすやと眠っている。大根を引くので疲れたのかもしれない。小母さんの静かな寝顔をじっと見ていると、自分もだんだんに瞼《まぶた》が重くなる。
千鳥の話は一と夜明ける。
自分は中二階で長い手紙を書いている。藤さんが、
「兄さん」と言ってはいってくる。
「あのただ今船頭が行李《こうり》を持ってまいりましたよ」という。
「あれは私のです」と言ったまま、やっぱりずんずんと書いて行く。
「それはそうですけれど、どうせこちらへ運ばなければならないのでしょう?」
「ええ」
「ではこの押入には、下の方はあたしのものが少しばかりはいっておりますから、あなたは当分上の段だけで我慢してくださいましな」
「………」
「ねえ」
「ええ」
「まあ一心になっていらっしゃ
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