実家《さと》へ帰って死んでしまうと言って、箪笥《たんす》から着物などを引っ張りだす。やがて二人で大立廻りをやって、女房は髪を乱して向いの船頭の家へ逃げこむやら、とうと面倒なことになったが、とにかく船頭が仲裁して、お前たちも、元を尋ねると踊りの晩に袖を引き合いからの夫妻《めおと》じゃないか。さあ、仲直りに二人で踊れよおい、と五合ばかり取ってきた。その時の女房との条約に基《もとづ》いて、店の狐は翌日から姿を隠してしまった。ほかの狐が箱にはいって城下の人形屋から来て、ふたたび店に立ったのはついこの間の事である。今度のは大きさも鼬《いたち》ぐらいしかないし、顔も少し趣を変えるように注文したのであろうけれど、
「なんぼどのような狐を拵《こしら》えてきたところで、お孝ちゃんの顔が元のままじゃどうしてもだめでがんすわいの。へへへへへ」と、初やは、やっと廻りくどい話を切ってあちらへ立つ。藤さんはもう先達も聞いたから、今夜はそんなにおかしくはないと言ったけれど、それでもやはりはじめてのように笑っていた。
話が途絶《とだ》える。藤さんは章坊が蒲団へ落した餡《あん》を手の平へ拾う。影法師が壁に写っている。
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