ふわふわと揚《あが》る。
「奥さま、今度の狐もやっぱり似とりますわいの」と言ってげらげらと初やが笑う。
 饅頭を食べながら話を聞くと、この饅頭屋の店先には、娘に化けて手拭を被った張子の狐が立たせてあった。その狐の顔がそこの家《うち》の若い女房におかしいほどそっくりなので、この近在で評判になった。女房の方では少しもそんなことは知らないでいたが、先達《せんだって》ある馬方が、饅頭の借りを払ったとか払わないとかでその女房に口論をしかけて、
「ええ、この狐め」
「何でわしが狐かい」
「狐じゃい。知らんのか。鏡を出してこの招牌《かんばん》と較べてみい。間抜けめ」
 こういったようなことから、後で女房が亭主に話すと、亭主はこの辺では珍らしい捌《さば》けた男なんだそうで、それは今ごろ始った話じゃないんだ。己の家の饅頭がなぜこんなに名高いのだと思う、などとちゃらかすので、そんならお前さんはもう早くから人の悪口《わるくち》も聞いていたのかと問えば、うん、と言ってすましている。女房はわっと泣きだして、それを今日まで平気でいたお前が恨《うら》めしい。畢竟《ひっきょう》わしをばかにしているからだ。もうこれぎり
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