出て来ません。しまいにはだんだんと湖水も暗くなって来ました。ギンはがっかりして、もうお家《うち》へかえろうと思いました。すると、ふいに一《ひ》とむれの牛が湖水の中からうき上って、のこのことこちらへ向って歩いて来ました。
 ギンはそれを見て、ひょっとすると、あの牛の後《うしろ》から湖水の女が出て来るのではないかと思いながら、じっと見ていますと、ちゃんとそのとおりに、間もなく女の人も出て来ました。そして昨日よりもまたもっとうつくしい人になっていました。ギンはいきなりざぶりと水の中へ飛び下りてむかいにいきました。
 女は今日《きょう》はギンがさし出したパンを、ほほえみながらうけとって、ギンと一しょに岸へ上《あが》りました。ギンはそのときに、女の右の靴《くつ》のひものむすびかたが、左のとちがっているのをちらと目にとめました。ギンは、ようやく口をきいて、
「私《わたし》はあなたが大好きです。どうか私の家の人になって下さい。」とたのみました。しかし女の人はよういに聞き入れてくれませんでした。ギンは言葉をつくして、いくども/\たのみました。すると湖水の女はしまいにやっと承知して、
「それではあなたの
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