んあとからお通りかかりになった、お供の大国主神がそれをご覧《らん》になって、
「おいおいうさぎさん、どうしてそんなに泣いているの」とやさしく聞いてくださいました。
うさぎは泣き泣き、
「私は、もと隠岐《おき》の島におりましたうさぎでございますが、この本土へ渡《わた》ろうと思いましても、渡るてだてがございませんものですから、海の中のわにをだまして、いったい、おまえとわしとどっちがみうちが多いだろう、ひとつくらべてみようじゃないか、おまえはいるだけのけん族をすっかりつれて来て、ここから、あの向こうのはての、気多《けた》のみさきまでずっと並《なら》んでみよ、そうすればおれがその背《せ》中の上をつたわって、かぞえてやろうと申しました。
すると、わにはすっかりだまされまして、出てまいりますもまいりますも、それはそれは、うようよと、まっくろに集まってまいりました。そして、私の申しましたとおりに、この海ばたまでずらりと一列に並びました。
私は五十八十と数をよみながら、その背なかの上をどんどん渡って、もう一足でこの海ばたへ上がろうといたしますときに、やあいまぬけのわにめ、うまくおれにだまされたァいとはやしたてますと、いちばんしまいにおりましたわにが、むっと怒《おこ》って、いきなり私をつかまえまして、このとおりにすっかりきものをひっぺがしてしまいました。
そこであすこのところへ伏《ふ》しころんで泣《な》いておりましたら、さきほどここをお通りになりました八十神《やそがみ》たちが、いいことを教えてやろう、これこれこうしてみろとおっしゃいましたので、そのとおりに潮水《しおみず》を浴びて風に吹かれておりますと、からだじゅうの皮がこわばって、こんなにびりびり裂《さ》けてしまいました」
こう言って、うさぎはまたおんおん泣きだしました。
大国主神《おおくにぬしのかみ》は、話を聞いてかわいそうだとおぼしめして、
「それでは早くあすこの川口へ行って、ま水でからだじゅうをよく洗って、そこいらにあるかばの花をむしって、それを下に敷いて寝《ね》ころんでいてごらん。そうすれば、ちゃんともとのとおりになおるから」
こう言って、教えておやりになりました。うさぎはそれを聞くとたいそう喜んでお礼を申しました。そしてそのあとで言いました。
「あんなお人の悪い八十神《やそがみ》たちは、けっして八上媛《やがみひめ》をご自分のものになさることはできません。あなたは袋《ふくろ》などをおしょいになって、お供《とも》についていらっしゃいますけれど、八上媛はきっと、あなたのお嫁《よめ》さまになると申します。みていてごらんなさいまし」と申しました。
まもなく、八十神たちは八上媛のところへ着きました。そして、代わる代わる、自分のお嫁になれなれと言いましたが、媛《ひめ》はそれをいちいちはねつけて、
「いえいえ、いくらお言いになりましても、あなたがたのご自由にはなりません。私は、あそこにいらっしゃる大国主神のお嫁にしていただくのです」と申しました。
八十神たちはそれを聞くとたいそう怒《おこ》って、みんなで大国主神を殺してしまおうという相談をきめました。
みんなは、大国主神を、伯耆《ほうき》の国の手間《てま》の山という山の下へつれて行って、
「この山には赤いいのししがいる。これからわしたちが山の上からそのいのししを追いおろすから、おまえは下にいてつかまえろ。へたをして遁《に》がしたらおまえを殺してしまうぞ」と、言いわたしました。そして急いで、山の上へかけあがって、さかんにたき火をこしらえて、その火の中で、いのししのようなかっこうをしている大きな石をまっかに焼いて、
「そうら、つかまえろ」と言いながら、どしんと、転《ころ》がし落としました。
ふもとで待ち受けていらしった大国主神は、それをご覧になるなり、大急ぎでかけ寄って、力まかせにお組みつきになったと思いますと、からだはたちまちそのあか焼けの石の膚《はだ》にこびりついて、
「あッ」とお言いになったきり、そのままただれ死にに死んでおしまいになりました。
二
大国主神の生みのおかあさまは、それをお聞きになると、たいそうお嘆《なげ》きになって、泣《な》き泣き大空へかけのぼって、高天原《たかまのはら》においでになる、高皇産霊神《たかみむすびのかみ》にお助けをお願いになりました。
すると、高皇産霊神《たかみむすびのかみ》は、蚶貝媛《きさがいひめ》、蛤貝媛《うむがいひめ》と名のついた、あかがいとはまぐりの二人の貝を、すぐに下界へおくだしになりました。
二人は大急ぎでおりて見ますと、大国主神《おおくにぬしのかみ》はまっくろこげになって、山のすそに倒《たお》れていらっしゃいました。あかがいはさっそく自分のからを削《けず》って、それを焼いて黒い粉をこしらえました。はまぐりは急いで水を出して、その黒い粉をこねて、おちちのようにどろどろにして、二人で大国主神のからだじゅうへ塗《ぬ》りつけました。
そうすると大国主神は、それほどの大やけどもたちまちなおって、もとのとおりの、きれいな若い神になってお起きあがりになりました。そしてどんどん歩いてお家《うち》へ帰っていらっしゃいました。
八十神《やそがみ》たちは、それを見ると、びっくりして、もう一度みんなでひそひそ相談をはじめました。そしてまたじょうずに大国主神をだまして、こんどは別の山の中へつれこみました。そしてみんなで寄ってたかって、ある大きなたち木を根もとから切りまげて、その切れ目へくさびをうちこんで、その間へ大国主神をはいらせました。そうしておいて、ふいにポンとくさびを打ちはなして、はさみ殺しに殺してしまいました。
大国主神のおかあさまは、若い子の神がまたいなくなったので、おどろいて方々さがしておまわりになりました。そして、しまいにまた殺されていらっしゃるところをおみつけになると、大急ぎで木の幹を切り開いて、子の神のお死がいをお引き出しになりました。そしていっしょうけんめいに介抱《かいほう》して、ようようのことで再びお生きかえらせになりました。おかあさまは、
「もうおまえはうかうかこの土地においてはおかれない。どうぞこれからすぐに、須佐之男命《すさのおのみこと》のおいでになる、根堅国《ねのかたすくに》へ遁《に》げておくれ、そうすれば命《みこと》が必ずいいようにはからってくださるから」
こう言って、若《わか》い子の神を、そのままそちらへ立ってお行かせになりました。
大国主神は、言われたとおりに、命のおいでになるところへお着きになりました。すると、命のお娘《むすめ》ごの須勢理媛《すぜりひめ》がお取次をなすって、
「お父上さま、きれいな神がいらっしゃいました」とお言いになりました。
お父上の大神《おおかみ》は、それをお聞きになると、急いでご自分で出てご覧になって、
「ああ、あれは、大国主という神だ」とおっしゃいました。そして、さっそくお呼《よ》びいれになりました。
媛《ひめ》は大国主神のことをほんとに美しいよい方だとすぐに大すきにお思いになりました。大神には、第一それがお気にめしませんでした。それで、ひとつこの若い神を困《こま》らせてやろうとお思いになって、その晩、大国主神を、へびの室《むろ》といって、大へび小へびがいっぱいたかっているきみの悪いおへやへお寝《ね》かせになりました。
そうすると、やさしい須勢理媛《すぜりひめ》は、たいそう気の毒にお思いになりました。それでご自分の、比礼《ひれ》といって、肩《かた》かけのように使うきれを、そっと大国主神におわたしになって、
「もしへびがくいつきにまいりましたら、このきれを三度|振《ふ》って追いのけておしまいなさい」とおっしゃいました。
まもなく、へびはみんなでかま首を立ててぞろぞろとむかって来ました。大国主神《おおくにぬしのかみ》はさっそく言われたとおりに、飾《かざ》りのきれを三度お振《ふ》りになりました。するとふしぎにも、へびはひとりでにひきかえして、そのままじっとかたまったなり、一晩じゅう、なんにも害をしませんでした。若《わか》い神はおかげで、気らくにぐっすりおよって、朝になると、あたりまえの顔をして、大神《おおかみ》の前に出ていらっしゃいました。
すると大神は、その晩はむかでとはちのいっぱいはいっているおへやへお寝《ね》かせになりました。しかし媛《ひめ》が、またこっそりと、ほかの首飾りのきれをわたしてくだすったので、大国主神は、その晩もそれでむかでやはちを追いはらって、また一晩じゅうらくらくとおやすみになりました。
大神は、大国主神がふた晩とも、平気で切りぬけてきたので、よし、それではこんどこそは見ておれと、心の中でおっしゃりながら、かぶら矢《や》と言って、矢じりに穴《あな》があいていて、射《い》るとびゅんびゅんと鳴る、こわい大きな矢を、草のぼうぼうとはえのびた、広い野原のまん中にお射こみになりました。そして、大国主神に向かって、
「さあ、今飛んだ矢を拾って来い」とおおせつけになりました。
若い神は、正直《しょうじき》にご命令を聞いて、すぐに草をかき分けてどんどんはいっておいでになりました。大神はそれを見すまして、ふいに、その野のまわりへぐるりと火をつけて、どんどんお焼きたてになりました。大国主神は、おやと思うまに、たちまち四方から火の手におかこまれになって、すっかり遁げ場を失っておしまいになりました。それで、どうしたらいいかとびっくりして、とまどいをしていらっしゃいますと、そこへ一ぴきのねずみが出て来まして、
「うちはほらほら、そとはすぶすぶ」と言いました。それは、中は、がらんどうで、外はすぼまっている、という意味でした。
若い神は、すぐそのわけをおさとりになって、足の下を、とんときつく踏《ふ》んでごらんになりますと、そこは、ちゃんと下が大きな穴になっていたので、からだごとすっぽりとその中へ落ちこみました。それで、じっとそのままこごまって隠れていらっしゃいますと、やがてま近まで燃えて来た火の手は、その穴の上を走って、向こうへ遠のいてしまいました。
そのうちに、さっきのねずみが大神のお射になったかぶら矢をちゃんとさがし出して、口にくわえて持って来てくれました。見るとその矢の羽根のところは、いつのまにかねずみの子供たちがかじってすっかり食べてしまっておりました。
三
須勢理媛《すぜりひめ》は、そんなことはちっともご存じないものですから、美しい若い神は、きっと焼け死んだものとお思いになって、ひとりで嘆《なげ》き悲しんでいらっしゃいました。そして火が消えるとすぐに、急いでお弔《とむら》いの道具を持って、泣《な》き泣《な》きさがしにいらっしゃいました。
お父上の大神も、こんどこそはだいじょうぶ死んだろうとお思いになって、媛のあとからいらしってごらんになりました。
すると大国主神《おおくにぬしのかみ》は、もとのお姿《すがた》のままで、焼けあとのなかから出ていらっしゃいました。そしてさっきのかぶら矢をちゃんとお手におわたしになりました。
大神《おおかみ》もこれには内々《ないない》びっくりしておしまいになりまして、しかたなくいっしょに御殿《ごてん》へおかえりになりました。そして大きな広間へつれておはいりになって、そこへごろりと横におなりになったと思うと、
「おい、おれの頭のしらみを取れ」と、いきなりおっしゃいました。
大国主神はかしこまって、その長い長いお髪《ぐし》の毛をかき分けてご覧になりますと、その中には、しらみでなくて、たくさんなむかでが、うようよたかっておりました。
すると、須勢理媛《すぜりひめ》がそばへ来て、こっそりとむくの実と赤土とをわたしてお行きになりました。
大国主神は、そのむくの実を一粒《ひとつぶ》ずつかみくだき、赤土を少しずつかみとかしては、いっしょにぷいぷいお吐《は》き出しになりました。大神はそれをご覧になると、
「ほほう、むかでをいちいちかみつぶして
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