具山《あめのかぐやま》のかずらのつるをたすきにかけさせ、かずらの葉を髪飾《かみかざ》りにさせて、そのおけの上へあがって踊りを踊らせました。
 宇受女命《うずめのみこと》は、お乳《ちち》もお腹《なか》も、もももまるだしにして、足をとんとん踏《ふ》みならしながら、まるでつきものでもしたように、くるくるくるくると踊《おど》り狂《くる》いました。
 するとそのようすがいかにもおかしいので、何千人という神たちが、一度にどっとふきだして、みんなでころがりまわって笑いました。そこへにわとりは声をそろえて、コッケコー、コッケコーと鳴きたてるので、そのさわぎといったら、まったく耳もつぶれるほどでした。
 天照大神は、そのたいそうなさわぎの声をお聞きになると、何ごとが起こったのかとおぼしめして、岩屋の戸を細めにあけて、そっとのぞいてご覧《らん》になりました。そして宇受女命《うずめのみこと》に向かって、
「これこれ私《わたし》がここに、隠れていれば、空の上もまっくらなはずだのに、おまえはなにをおもしろがって踊っているのか。ほかの神々たちも、なんであんなに笑いくずれているのか」とおたずねになりました。
 すると宇受女命は、
「それは、あなたよりも、もっと貴《とうと》い神さまが出ていらっしゃいましたので、みんなが喜んでさわいでおりますのでございます」と申しあげました。
 それと同時に一人の神さまは、例の、八咫《やた》の鏡《かがみ》をつけたさかきを、ふいに大神の前へ突き出しました。鏡には、さっと、大神のお顔がうつりました。大神はそのうつった顔をご覧になると、
「おや、これはだれであろう」とおっしゃりながら、もっとよく見ようとおぼしめして、少しばかり戸の外へお出ましになりました。
 すると、さっきから、岩屋のそばに隠《かく》れて待ちかまえていた、手力男命《たぢからおのみこと》という大力の神さまが、いきなり、女神のお手を取って、すっかり外へお引き出し申しました。それといっしょに、一人の神さまは、女神のおうしろへまわって、
「どうぞ、もうこれからうちへはおはいりくださいませんように」と申しあげて、そこへしめなわを張りわたしてしまいました。
 それで世界じゅうは、やっと長い夜があけて、再び明るい昼が来ました。
 神々たちは、それでようやく安心なさいました。そこでさっそく、みんなで相談して、須佐之男命《すさのおのみこと》には、あんなひどい乱暴《らんぼう》をなすった罰《ばつ》として、ご身代をすっかりさし出させ、そのうえに、りっぱなおひげも切りとり、手足の爪《つめ》まではぎとって、下界へ追いくだしてしまいました。
 そのとき須佐之男命《すさのおのみこと》は、大気都比売命《おおけつひめのみこと》という女神に、何か物を食べさせよとおおせになりました。大気都比売命《おおけつひめのみこと》は、おことばに従って、さっそく、鼻の穴《あな》や口の中からいろいろの食べものを出して、それをいろいろにお料理してさしあげました。
 すると須佐之男命《すさのおのみこと》は大気都比売命《おおけつひめのみこと》のすることを見ていらしって、
「こら、そんな、お前の口や鼻から出したものがおれに食えるか。無礼なやつだ」と、たいそうお腹立《はらだ》ちになって、いきなり剣を抜《ぬ》いて、大気都比売命《おおけつひめのみこと》を一うちに切り殺しておしまいになりました。
 そうすると、その死がいの頭から、かいこが生まれ、両方の目にいねがなり、二つの耳にあわがなりました。それから鼻にはあずきがなり、おなかに、むぎとだいずがなりました。
 それを神産霊神《かみむすびのかみ》がお取り集めになって、日本じゅうの穀物《こくもつ》の種になさいました。
 須佐之男命《すさのおのみこと》は、そのまま下界へおりておいでになりました。
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 八俣《やまた》の大蛇《おろち》

       一

 須佐之男命《すさのおのみこと》は、大空から追いおろされて、出雲《いずも》の国の、肥《ひ》の河《かわ》の河上《かわかみ》の、鳥髪《とりかみ》というところへおくだりになりました。
 すると、その河《かわ》の中にはしが流れて来ました。命《みこと》は、それをご覧《らん》になって、
「では、この河の上の方には人が住んでいるな」とお察しになり、さっそくそちらの方へ向かって探《さが》し探しおいでになりました。そうすると、あるおじいさんとおばあさんとが、まん中に一人の娘《むすめ》をすわらせて三人でおんおん泣《な》いておりました。
 命は、おまえたちは何者かとおたずねになりました。
 おじいさんは、
「私は、この国の大山津見《おおやまつみ》と申します神の子で、足名椎《あしなずち》と申します者でございます。妻の名は手名椎《てなずち》、この娘の名は櫛名田媛《くしなだひめ》と申します」とお答えいたしました。
 命は、
「それで三人ともどうして泣いているのか」と、かさねてお聞きになりました。
 おじいさんは涙をふいて、
「私たち二人には、もとは八人の娘《むすめ》がおりましたのでございますが、その娘たちを、八俣《やまた》の大蛇《おろち》と申します怖《おそ》ろしい大じゃが、毎年出てきて、一人ずつ食べて行ってしまいまして、とうとうこの子一人だけになりました。そういうこの子も、今にその大じゃが食べにまいりますのでございます」
 こう言って、みんなが泣いているわけをお話しいたしました。
「いったいその大じゃはどんな形をしている」と、命《みこと》はお聞きになりました。
「その大じゃと申しますのは、からだは一つでございますが、頭と尾《お》は八つにわかれておりまして、その八つの頭には、赤ほおずきのようなまっかな目が、燃えるように光っております。それからからだじゅうには、こけや、ひのきやすぎの木などがはえ茂《しげ》っております。そのからだのすっかりの長さが、八つの谷と八つの山のすそをとりまくほどの、大きな大きな大じゃでございます。その腹《はら》はいつも血にただれてまっかになっております」と怖ろしそうにお話しいたしました。命は、
「ふん、よしよし」とおうなずきになりました。そして改めておじいさんに向かって、
「その娘はおまえの子ならば、わしのお嫁《よめ》にくれないか」とおっしゃいました。
「おことばではございますが、あなたさまはどこのどなただか存じませんので」とおじいさんは危《あや》ぶんで怖る怖るこう申しました。命は、
「じつはおれは天照大神《あまてらすおおかみ》の同じ腹《はら》の弟で、たった今、大空からおりて来たばかりだ」と、うちあけてお名まえをおっしゃいました。すると、足名椎《あしなずち》も手名椎《てなずち》も、
「さようでございますか。これはこれはおそれおおい。それでは、おおせのままさしあげますでございます」と、両手をついて申しあげました。
 命は、櫛名田媛《くしなだひめ》をおもらいになると、たちまち媛をくしに化けさせておしまいになりました。そして、そのくしをすぐにご自分のびんの巻髪《まきがみ》におさしになって、足名椎《あしなずち》と手名椎《てなずち》に向かっておっしゃいました。
「おまえたちは、これからこめをかんで、よい酒をどっさり作れ。それから、ここへぐるりとかきをこしらえて、そのかきへ、八《や》ところに門をあけよ。そしてその門のうちへ、一つずつさじきをこしらえて、そのさじきの上に、大おけを一つずつおいて、その中へ、二人でこしらえたよい酒を一ぱい入れて待っておれ」とお言いつけになりました。
 二人は、おおせのとおりに、すっかり準備をととのえて、待っておりました。そのうちに、そろそろ大じゃの出て来る時間が近づいて来ました。
 命は、それを聞いて、じっと待ちかまえていらっしゃいますと、まもなく、二人が言ったように、大きな大きな八俣《やまた》の大蛇《おろち》が、大きなまっかな目をぎらぎら光らして、のそのそと出て来ました。
 大じゃは、目の前に八つの酒《さか》おけが並《なら》んでいるのを見ると、いきなり八つの頭を一つずつその中へつっこんで、そのたいそうなお酒を、がぶがぶがぶがぶとまたたくまに飲み干《ほ》してしまいました。そうするとまもなくからだじゅうによいがまわって、その場へ倒れたなり、ぐうぐう寝《ね》いってしまいました。
 須佐之男命《すさのおのみこと》は、そっとその寝息《ねいき》をうかがっていらっしゃいましたが、やがて、さあ今だとお思いになって、十拳《とつか》の剣《つるぎ》を引き抜《ぬ》くが早いか、おのれ、おのれと、つづけさまにお切りつけになりました。そのうちに八つの尾《お》の中の、中ほどの尾をお切りつけになりますと、その尾の中に何か固《かた》い物があって、剣の刃先《はさき》が、少しばかりほろりと欠けました。
 命《みこと》は、
「おや、変だな」とおぼしめして、そのところを切り裂《さ》いてご覧になりますと、中から、それはそれは刃の鋭い、りっぱな剣が出て来ました。命は、これはふしぎなものが手にはいったとお思いになりました。その剣はのちに天照大神《あまてらすおおかみ》へご献上《けんじょう》になりました。
 命はとうとう、大きな大きな大じゃの胴体をずたずたに切り刻《きざ》んでおしまいになりました。そして、
「足名椎《あしなずち》、手名椎《てなずち》、来て見よ。このとおりだ」とお呼《よ》びになりました。
 二人はがたがたふるえながら出て来ますと、そこいら一面は、きれぎれになった大じゃの胴体から吹き出る血でいっぱいになっておりました。その血がどんどん肥《ひ》の河《かわ》へ流れこんで、河の水もまっかになって落ちて行きました。
 命はそれから、櫛名田媛《くしなだひめ》とお二人で、そのまま出雲《いずも》の国にお住まいになるおつもりで、御殿《ごてん》をおたてになるところを、そちこちと、探《さが》してお歩きになりました。そして、しまいに、須加《すが》というところまでおいでになると、
「ああ、ここへ来たら、心持がせいせいしてきた。これはよいところだ」とおっしゃって、そこへ御殿をおたてになりました。そして、足名椎神《あしなずちのかみ》をそのお宮の役人の頭《かしら》になさいました。
 命にはつぎつぎにお子さまお孫さまがどんどんおできになりました。その八代目のお孫さまのお子さまに、大国主神《おおくにぬしのかみ》、またの名を大穴牟遅神《おおなむちのかみ》とおっしゃるりっぱな神さまがお生まれになりました。
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 むかでの室《むろ》、へびの室《むろ》

       一

 この大国主神《おおくにぬしのかみ》には、八十神《やそがみ》といって、何十人というほどの、おおぜいのごきょうだいがおありになりました。
 その八十神《やそがみ》たちは、因幡《いなば》の国に、八上媛《やがみひめ》という美しい女の人がいると聞き、みんなてんでんに、自分のお嫁《よめ》にもらおうと思って、一同でつれだって、はるばる因幡へ出かけて行きました。
 みんなは、大国主神が、おとなしいかたなのをよいことにして、このかたをお供《とも》の代わりに使って、袋《ふくろ》を背おわせてついて来させました。そして、因幡の気多《けた》という海岸まで来ますと、そこに毛のないあか裸《はだか》のうさぎが、地べたにころがって、苦しそうにからだじゅうで息をしておりました。
 八十神《やそがみ》たちはそれを見ると、
「おいうさぎよ。おまえからだに毛がはやしたければ、この海の潮《しお》につかって、高い山の上で風に吹かれて寝《ね》ておれ。そうすれば、すぐに毛がいっぱいはえるよ」とからかいました。うさぎはそれをほんとうにして、さっそく海につかって、ずぶぬれになって、よちよちと山へのぼって、そのまま寝ころんでおりました。
 するとその潮水《しおみず》がかわくにつれて、からだじゅうの皮がひきつれて、びりびり裂《さ》け破れました。うさぎはそのひりひりする、ひどい痛《いた》みにたまりかねて、おんおん泣き伏《ふ》しておりました。そうすると、いちば
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