と、それだけの物を一つ一つお取りになるたんびに、ひょいひょいと一人ずつ、すべてで十二人の神さまがお生まれになりました。
 神は、川の流れをご覧になりながら、

  上《かみ》の瀬《せ》は瀬が早い、
  下《しも》の瀬は瀬が弱い。

とおっしゃって、ちょうどいいころあいの、中ほどの瀬におおりになり、水をかぶって、おからだじゅうをお洗いになりました。すると、おからだについたけがれのために、二人の禍《わざわい》の神が生まれました。それで伊弉諾神《いざなぎのかみ》は、その神がつくりだす禍をおとりになるために、こんどは三人のよい神さまをお生みになりました。
 それから水の底へもぐって、おからだをお清めになるときに、また二人の神さまがお生まれになり、そのつぎに、水の中にこごんでお洗いになるときにもお二人、それから水の上へ出ておすすぎになるときにもお二人の神さまがお生まれになりました。そしてしまいに、左の目をお洗いになると、それといっしょに、それはそれは美しい、貴《とうと》い女神《めがみ》がお生まれになりました。
 伊弉諾神《いざなぎのかみ》は、この女神さまに天照大神《あまてらすおおかみ》というお名前をおつけになりました。そのつぎに右のお目をお洗いになりますと、月読命《つきよみのみこと》という神さまがお生まれになり、いちばんしまいにお鼻をお洗いになるときに、建速須佐之男命《たけはやすさのおのみこと》という神さまがお生まれになりました。
 伊弉諾神《いざなぎのかみ》はこのお三方《さんかた》をご覧になって、
「わしもこれまでいくたりも子供を生んだが、とうとうしまいに、一等よい子供を生んだ」と、それはそれは大喜びををなさいまして、さっそく玉の首飾《くびかざ》りをおはずしになって、それをさらさらとゆり鳴らしながら、天照大神《あまてらすおおかみ》におあげになりました。そして、
「おまえは天へのぼって高天原《たかまのはら》を治めよ」とおっしゃいました。それから月読命《つきよみのみこと》には、
「おまえは夜の国を治めよ」とお言いつけになり、三ばんめの須佐之男命《すさのおのみこと》には、
「おまえは大海《おおうみ》の上を治めよ」とお言いわたしになりました。
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 天《あめ》の岩屋《いわや》

       一

 天照大神《あまてらすおおかみ》と、二番目の弟さまの月読命《つきよみのみこと》とは、おとうさまのご命令に従って、それぞれ大空と夜の国とをお治めになりました。
 ところが末のお子さまの須佐之男命《すさのおのみこと》だけは、おとうさまのお言いつけをお聞きにならないで、いつまでたっても大海《おおうみ》を治めようとなさらないばかりか、りっぱな長いおひげが胸《むね》の上までたれさがるほどの、大きなおとなにおなりになっても、やっぱり、赤んぼうのように、絶えまもなくわんわんわんわんお泣《な》き狂いになって、どうにもこうにも手のつけようがありませんでした。そのひどいお泣き方といったら、それこそ、青い山々の草木も、やかましい泣き声で泣き枯《か》らされてしまい、川や海の水も、その火のつくような泣き声のために、すっかり干《ひ》あがったほどでした。
 すると、いろんな悪い神々たちが、そのさわぎにつけこんで、わいわいとうるさくさわぎまわりました。そのおかげで、地の上にはありとあらゆる災《わざわい》が一どきに起こってきました。
 伊弉諾命《いざなぎのみこと》は、それをご覧《らん》になると、びっくりなすって、さっそく須佐之男命《すさのおのみこと》をお呼《よ》びになって、
「いったい、おまえは、わしの言うことも聞かないで、何をそんなに泣き狂ってばかりいるのか」ときびしくおとがめになりました。
 すると須佐之男命《すさのおのみこと》はむきになって、
「私《わたし》はおかあさまのおそばへ行きたいから泣《な》くのです」とおっしゃいました。
 伊弉諾命《いざなぎのみこと》はそれをお聞きになると、たいそうお腹立《はらだ》ちになって、
「そんなかってな子は、この国へおくわけにゆかない。どこへなりと出て行け」とおっしゃいました。
 命《みこと》は平気で、
「それでは、お姉上さまにおいとま乞《ご》いをしてこよう」とおっしゃりながら、そのまま大空の上の、高天原《たかまのはら》をめざして、どんどんのぼっていらっしゃいました。
 すると、力の強い、大男の命《みこと》ですから、力いっぱいずしんずしんと乱暴《らんぼう》にお歩きになると、山も川もめりめりとゆるぎだし、世界じゅうがみしみしと震《ふる》い動きました。
 天照大神《あまてらすおおかみ》は、その響《ひび》きにびっくりなすって、
「弟があんな勢いでのぼって来るのは、必ずただごとではない。きっと私《わたし》の国を奪《うば》い取ろうと思って出て来たに相違《そうい》ない」
 こうおっしゃって、さっそく、お身じたくをなさいました。女神はまず急いで髪《かみ》をといて、男まげにおゆいになり、両方のびんと両方の腕《うで》とに、八尺《やさか》の曲玉《まがたま》というりっぱな玉の飾《かざ》りをおつけになりました。そして、お背中には、五百本、千本というたいそうな矢をお負《お》いになり、右手に弓を取ってお突きたてになりながら、勢いこんで足を踏《ふ》みならして待ちかまえていらっしゃいました。そのきついお力ぶみで、お庭の堅《かた》い土が、まるで粉雪《こなゆき》のようにもうもうと飛びちりました。

       二

 まもなく須佐之男命《すさのおのみこと》は大空へお着きになりました。
 女神はそのお姿《すがた》をご覧《らん》になると、声を張りあげて、
「命《みこと》、そちは何をしに来た」と、いきなりおしかりつけになりました。すると命は、
「いえ、私はけっして悪いことをしにまいったのではございません。おとうさまが、私の泣いているのをご覧《らん》になって、なぜ泣くかとおとがめになったので、お母上のいらっしゃるところへ行きたいからですと申しあげると、たいそうお怒《おこ》りになって、いきなり、出て行ってしまえとおっしゃるので、あなたにお別れをしにまいったのです」とお言いわけをなさいました。
 でも女神はすぐにはご信用にならないで、
「それではおまえに悪い心のない証拠《しょうこ》を見せよ」とおっしゃいました。命《みこと》は、
「ではお互《たが》いに子を生んであかしを立てましょう。生まれた子によって、二人の心のよしあしがわかります」とおっしゃいました。
 そこでごきょうだいは、天安河《あめのやすのかわ》という河《かわ》の両方の岸に分かれてお立ちになりました。そしてまず女神《めがみ》が、いちばん先に、命《みこと》の十拳《とつか》の剣《つるぎ》をお取りになって、それを三つに折って、天真名井《あめのまない》という井戸で洗って、がりがりとおかみになり、ふっと霧《きり》をお吹きになりますと、そのお息の中から、三人の女神がお生まれになりました。
 そのつぎには命《みこと》が、女神の左のびんにおかけになっている、八尺《やさか》の曲玉《まがたま》の飾《かざ》りをいただいて、玉の音をからからいわせながら、天真名井《あめのまない》という井戸で洗いすすいで、それをがりがりかんで霧をお吹き出しになりますと、それといっしょに一人の男の神さまがお生まれになりました。その神さまが、天忍穂耳命《あめのおしほみみのみこと》です。
 それからつぎには、女神の右のびんの玉飾《たまかざ》りをお取りになって、先《せん》と同じようにして息をお吹きになりますと、その中からまた男の神が一人お生まれになりました。
 つづいてこんどは、おかずらの玉飾りを受け取って、やはり真名井《まない》で洗って、がりがりかんで息をお吹きになりますと、その中から、また男の神が一人お生まれになり、いちばんしまいに、女神の右と左のお腕《うで》の玉飾りをかんで、息をお吹きになりますと、そのたんびに、同じ男神が一人ずつ――これですべてで五人の男神がお生まれになりました。
 天照大神《あまてらすおおかみ》は、
「はじめに生まれた三人の女神は、おまえの剣《つるぎ》からできたのだから、おまえの子だ。あとの五人の男神は私《わたし》の玉飾りからできたのだから、私の子だ」とおっしゃいました。
 命は、
「そうら、私が勝った。私になんの悪心《あくしん》もない印《しるし》には、私の子は、みんなおとなしい女神ではありませんか。どうです、それでも私は悪人ですか」と、それはそれは大いばりにおいばりになりました。そして、その勢いに乗ってお暴《あば》れだしになって、女神がお作らせになっている田の畔《あぜ》をこわしたり、みぞを埋《う》めたり、しまいには女神がお初穂《はつほ》を召《め》しあがる御殿《ごてん》へ、うんこをひりちらすというような、ひどい乱暴《らんぼう》をなさいました。
 ほかの神々は、それを見てあきれてしまって、女神に言いつけにまいりました。
 しかし女神はちっともお怒《おこ》りにならないで、
「何、ほっておけ。けっして悪い気でするのではない。きたないものは、酔《よ》ったまぎれに吐《は》いたのであろう。畔《あぜ》やみぞをこわしたのは、せっかくの地面を、そんなみぞなぞにしておくのが惜《お》しいからであろう」
 こうおっしゃって、かえって命《みこと》をかばっておあげになりました。
 すると命は、ますます図《ず》に乗って、しまいには、女たちが女神のお召物《めしもの》を織っている、機織場《はたおりば》の屋根を破って、その穴《あな》から、ぶちのうまの皮をはいで、血まぶれにしたのを、どしんと投げこんだりなさいました。機織女《はたおりおんな》は、びっくりして遁《に》げ惑《まど》うはずみに、梭《ひ》で下腹《したはら》を突《つ》いて死んでしまいました。
 女神は、命のあまりの乱暴さにとうとういたたまれなくおなりになって、天《あめ》の岩屋《いわや》という石室《いしむろ》の中へお隠《かく》れになりました。そして入口の岩の戸をぴっしりとおしめになったきり、そのままひきこもっていらっしゃいました。
 すると女神は日の神さまでいらっしゃるので、そのお方がお姿《すがた》をお隠《かく》しになるといっしょに、高天原《たかまのはら》も下界の地の上も、一度にみんなまっ暗《くら》がりになって、それこそ、昼と夜との区別もない、長い長いやみの世界になってしまいました。
 そうすると、いろいろの悪い神たちが、その暗がりにつけこんで、わいわいとさわぎだしました。そのために、世界じゅうにはありとあらゆる禍《わざわい》が、一度にわきあがって来ました。
 そんなわけで、大空の神々たちは、たいそうお困《こま》りになりまして、みんなで安河原《やすのかわら》という、空の上の河原《かわら》に集まって、どうかして、天照大神に岩屋からお出ましになっていただく方法はあるまいかといっしょうけんめいに、相談をなさいました。
 そうすると、思金神《おもいかねのかみ》という、いちばんかしこい神さまが、いいことをお考えつきになりました。
 みんなはその神のさしずで、さっそく、にわとりをどっさり集めて来て、岩屋の前で、ひっきりなしに鳴かせました。
 それから一方では、安河《やすのかわ》の河上から固《かた》い岩をはこんで来て、それを鉄床《かなどこ》にして、八咫《やた》の鏡《かがみ》というりっぱな鏡を作らせ、八尺《やさか》の曲玉《まがたま》というりっぱな玉で胸飾《むなかざ》りを作らせました。そして、天香具山《あめのかぐやま》という山からさかきを根|抜《ぬ》きにして来て、その上の方の枝《えだ》へ、八尺《やさか》の曲玉《まがたま》をつけ、中ほどの枝へ八咫《やた》の鏡《かがみ》をかけ、下の枝へは、白や青のきれをつりさげました。そしてある一人の神さまが、そのさかきを持って天の岩屋に立ち、ほかの一人の神さまが、そのそばでのりとをあげました。
 それからやはり岩屋の前へ、あきだるを伏《ふ》せて、天宇受女命《あめのうずめのみこと》という女神に、天香
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