の命はお二人のおあにいさまをおいてお位におつきになり、大和《やまと》の葛城宮《かつらぎのみや》にお移りになって、天下をお治めになりました。すなわち第二代、綏靖天皇《すいぜいてんのう》さまでいらっしゃいます。
天皇はご短命で、おん年四十五でお隠《かく》れになりました。
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赤い盾《たて》、黒い盾《たて》
一
綏靖天皇《すいぜいてんのう》から御《おん》七代をへだてて、第十代目に崇神天皇《すじんてんのう》がお位におつきになりました。
天皇にはお子さまが十二人おありになりました。その中で皇女、豊※[#「金+且」、第3水準1−93−12]入媛《とよすきいりひめ》が、はじめて伊勢《いせ》の天照大神《あまてらすおおかみ》のお社《やしろ》に仕えて、そのお祭りをお司《つかさど》りになりました。また、皇子《おうじ》倭日子命《やまとひこのみこと》がおなくなりになったときに、人がきといって、お墓のまわりへ人を生きながら埋《う》めてお供《とも》をさせるならわしがはじまりました。
この天皇の御代《みよ》には、はやり病《やまい》がひどくはびこって、人民という人民はほとんど死に
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