軽皇子《かるのおうじ》には、軽大郎女《かるのおおいらつめ》とおっしゃるたいそう仲《なか》のよいご同腹《どうふく》のお妹さまがおありになりました。大郎女《おおいらつめ》は世《よ》にまれなお美しい方で、そのきれいなおからだの光がお召物《めしもの》までも通して光っていたほどでしたので、またの名を衣通郎女《そとおしのいらつめ》と呼《よ》ばれていらっしゃいました。
 穴穂王《あなほのみこ》の手《て》にお渡《わた》されになった軽皇子《かるのおうじ》は、その仲のよい大郎女《おおいらつめ》のお嘆《なげ》きを思いやって、
「ああ郎女《いらつめ》よ。ひどく泣《な》くと人が聞いて笑《わら》いそしる。羽狹《はさ》の山のやまばとのように、こっそりと忍《しの》び泣きに泣くがよい」という意味の歌をお歌いになりました。
 穴穂王《あなほのみこ》は、軽皇子《かるのおうじ》を、そのまま伊予《いよ》へ島流しにしておしまいになりました。そのとき大郎女《おおいらつめ》は、
「どうぞ浜べをお通りになっても、かきがらをお踏《ふ》みになって、けがをなさらないように、よく気をつけてお歩きくださいまし」という意味の歌を、泣き泣き
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