た。
 そのおるすの間、天皇のおそばには八田若郎女《やたのわかいらつめ》という女官《じょかん》がお仕え申しておりました。
 皇后はまもなく御綱柏《みつながしわ》の葉をお船につんで、難波《なにわ》へ向かって帰っていらっしゃいました。そのお途中で、お供の中のある女たちの乗っている船が、皇后のお船におくれて行き行きするうちに、難波《なにわ》の大渡《おおわたり》という海まで来ますと、向こうから一そうの船が来かかりました。その中には、高津《たかつ》のお宮のお飲み水を取る役所で働いていた、吉備《きび》の生まれの、ある身分《みぶん》の低い仕丁《よぼろ》で、おいとまをいただいておうちへ帰るのが、乗り合わせておりました。その者が船のすれちがいに、
「天皇さまは、このごろ八田若郎女《やたのわかいらつめ》がすっかりお気に入りで、それはそれはたいそうごちょう愛になっているよ」としゃべって行きました。それを聞いた女どもはわざわざ大急ぎで皇后のお船に追いついて、そのことを皇后のお耳に入れました。
 そうすると、例のご気性《きしょう》の皇后は、たちまちじりじりなすって、せっかくそこまで持っておかえりになった御綱柏《
前へ 次へ
全242ページ中182ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング