きました。
 お二人はそれほどまでになすって、ごめいめいにお義理をつくしていらっしゃいましたが、そのうちに、若郎子皇子《わかいらつこおうじ》がふいにお若死《わかじ》にをなすったので、大雀命《おおささぎのみこと》もやむをえず、ついにお位におつきになりました。後の代から仁徳天皇《にんとくてんのう》とお呼《よ》び申すのがすなわちこの天皇でいらっしゃいます。
[#改頁]


 難波《なにわ》のお宮

       一

 仁徳天皇《にんとくてんのう》はお位におのぼりになりますと、難波《なにわ》の高津《たかつ》の宮《みや》を皇居にお定めになり、葛城《かつらぎ》の曽都彦《そつひこ》という人の娘《むすめ》の岩野媛《いわのひめ》という方を改めて皇后にお立てになりました。
 天皇がまだ皇子《おうじ》大雀命《おおささぎのみこと》でいらっしゃるとき、ある年|摂津《せっつ》の日女島《ひめじま》という島へおいでになって、そこでお酒盛《さかもり》をなすったことがありました。すると、たまたまその島にがんが卵《たまご》をうんでおりました。皇子は、日本でがんが卵をうんだということは、これまで一度もお聞きになったことがな
前へ 次へ
全242ページ中176ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング