わって飛んで行きました。
お妃《きさき》は潮《しお》の中を歩きなやみながら、おんおんお泣きになりました。
その鳥は、とうとう伊勢《いせ》から河内《かわち》の志紀《しき》というところへ来てとまりました。それで、そこへお墓を作って、いったんそこへお鎮《しず》め申しましたが、しかし鳥は、あとにまた飛び出して、どんどん空をかけて、どこへともなく逃《に》げ去ってしまいました。
五
命《みこと》には、お子さまが男のお子ばかり六人おいでになりました。その中の、帯中津日子命《たらしなかつひこのみこと》とおっしゃる方は、後にお祖父上《そふうえ》の天皇のおつぎの成務天皇《せいむてんのう》のおあとをお継《つ》ぎになりました。すなわち仲哀天皇《ちゅうあいてんのう》でいらっしゃいます。
命が諸方を征伐《せいばつ》しておまわりになる間は、七拳脛《ななつかはぎ》という者が、いつもご料理番としてお供について行きました。
御父上《おんちちうえ》の景行天皇《けいこうてんのう》は、おん年百三十七でおかくれになりました。
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朝鮮征伐《ちょうせんせいばつ》
一
仲
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