天皇は、沙本毘古王《さほひこのみこ》という方のお妹さまで沙本媛《さほひめ》とおっしゃる方を皇后にお召《め》しになって、大和《やまと》の玉垣《たまがき》の宮にお移りになりました。
 その沙本毘古王《さほひこのみこ》が、あるとき皇后に向かって、
「あなたは夫と兄とはどちらがかわいいか」と聞きました。皇后は、
「それはおあにいさまのほうがかわゆうございます」とお答えになりました。すると王《みこ》は、用意していた鋭い短刀をそっと皇后にわたして、
「もしおまえが、ほんとうに私《わし》をかわいいと思うなら、どうぞこの刀で、天皇がおよっていらっしゃるところを刺《さ》し殺しておくれ。そして二人でいつまでも天下を治めようではないか」と言って、無理やりに皇后を説き伏《ふ》せてしまいました。
 天皇は二人がそんな怖《おそ》ろしいたくらみをしているとはご存じないものですから、ある晩、なんのお気もなく、皇后のおひざをまくらにしてお眠《ねむ》りになりました。
 皇后はこのときだとお思いになって、いきなり短刀を抜《ぬ》き放して、天皇のお首をま下にねらって、三度までお振《ふ》りかざしになりましたが、いよいよとなると、
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