でいらっしゃいました。
すると天皇は、しまいにご自分で女鳥王《めとりのみこ》のおうちへお出かけになり、戸口のしきいの上にお立ちになってのぞいてご覧になりますと、王《みこ》はちょうど中でお機《はた》を織っていらっしゃいました。
天皇は、
「それはだれの着物を織っているのか」とお歌に歌ってお聞きになりました。すると女鳥王《めとりのみこ》もやはりお歌で、
「これは速総別王《はやぶさわけのみこ》にお着せ申しますのでございます」とお答えになりました。
天皇はそれをお聞きになって、二人のことをすっかりおさとりになり、そのままお宮へおかえりになりました。
女鳥王《めとりのみこ》はそのあとで、まもなく速総別王《はやぶさわけのみこ》が出ていらっしゃいますと、
「もし。あなたさまよ。ひばりでさえもどんどん大空へかけのぼるではございませんか。あなたはお名まえもたかの中のはやぶさと同じでいらっしゃるのに、さあ早くささぎをとり殺しておしまいなさい」とこういう意味をお歌いになりました。それはいうまでもなく、天皇のお名が大雀命《おおささぎのみこと》なので、それをささぎにかよわせて、一ときも早く天皇をお殺し申してご自分でお位におつきになるようにと、怖《おそ》ろしい入れぢえをなすったのでした。
そうすると、そのお歌のことが、いつのまにか天皇のお耳にはいりました。天皇はすぐに兵をあつめて速総別王《はやぶさわけのみこ》を殺しにおつかわしになりました。
速総別王《はやぶさわけのみこ》はそれと感づくと、びっくりして、女鳥王《めとりのみこ》といっしょにすばやく大和《やまと》へ逃げ出しておしまいになりました。そのお途中、倉橋山《くらはしやま》という険《けわ》しい山をお越《こ》えになるときに、かよわい女鳥王《めとりのみこ》はたいそうご難渋《なんじゅう》をなすって、夫の王《みこ》のお手にすがりすがりして、やっと上までお上りになりました。
お二人はそこからさらに同じ大和《やまと》の曾爾《そに》というところまでいらっしゃいますと、天皇の兵がそこまで追いついて、お二人を刺《さ》し殺してしまいました。
そのとき軍勢を率《ひき》いて来たのは山辺大楯連《やまべのおおだてのむらじ》というつわものでした。連《むらじ》は女鳥王《めとりのみこ》のお死がいのお手首に、りっぱなお腕飾《うでかざ》りがついているのを見て、さっそくそれをはぎ取って、自分の家内《かない》に持ってかえってやりました。
そのうちに宮中にあるご宴会《えんかい》があって、臣下の者の妻女たちが、おおぜいお召《め》しにあずかりました。すると大楯連《おおだてのむらじ》の妻は、女鳥王《めとりのみこ》のお腕飾りを得意《とくい》らしく手首に飾《かざ》ってまいりました。皇后はそれらの女たちへ、お手ずから、お酒を盛《も》るかしわの葉をおくだしになりました。みんなはかわるがわる御前《ごぜん》へ出て、それをいただいてさがりました。
皇后はそのときに、ふと、連《むらじ》の妻の腕飾りにお目がとまりました。するとそれはかねてお見覚《みおぼ》えのある女鳥王《めとりのみこ》のお持物《もちもの》でしたので皇后はにわかにお顔色をお変えになり、この女にばかりはかしわの葉をおくだしにならないで、そのまますぐにご宴席《えんせき》から追い出しておしまいになりました。そしてさっそく夫の連《むらじ》をお呼《よ》びつけになって、
「そちは人の腕飾りをぬすんで来て家内にやったろう。あの速総別《はやぶさわけ》と女鳥《めとり》の二人は、天皇に対して怖《おそ》ろしい大罪を犯そうとしたのだから、かれたちが殺されたのはもとよりあたりまえである。しかしそちなぞからいえば、二人とも目上の王《みこ》たちではないか。その人が身につけている物を、死んでまだ膚《はだ》のあたたかいうちにはぎとって、それをおのれの妻に与《あた》えるなぞと、まあ、よくもそんなひどいことができたね」とおっしゃって、ぐんぐんおいじめつけになったうえ、ようしゃなくすぐ死刑《しけい》に行なわせておしまいになりました。
五
この天皇の御代《みよ》に、兎寸川《とさがわ》というある川の西に、大きな大きな大木が一本立っておりました。いつも朝日がさすたんびに、その木の影《かげ》が淡路《あわじ》の島までとどき、夕日《ゆうひ》が当たると、河内《かわち》の高安山《たかやすやま》よりももっと上まで影がさしました。
土地の者はその木を切って船をこしらえました。するとそれはそれはたいそう早く走れる船ができました。みんなその船に「枯野《からの》」という名前をつけました。そして朝晩それに乗って、淡路島《あわじしま》のわき出るきれいな水をくんで来ては、それを宮中《きゅうちゅう》のお召《め》し料にさしあげておりました。
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