」とお言いになりました。そして二人とも刀を抜《ぬ》き放すだんになりますと、建《たける》のはにせの刀ですから、いくら力を入れても抜けようはずがありません。命は建《たける》がそれでまごまごしているうちに、すばやくほんものの刀を引き抜いて、たちまちその悪者を切り殺しておしまいになりました。そして、そのあとで、建《たける》が抜けない刀を抜こうとして、まごまごとあわてたおかしさを、歌につくってお笑《わら》いになりました。
三
命《みこと》はこんなにして、お道筋《みちすじ》の賊《ぞく》どもをすっかり平《たい》らげて、大和《やまと》へおかえりになり、天皇にすべてをご奏上《そうじょう》なさいました。
すると天皇は、またすぐにひき続いて、命に、東の方の十二か国の悪い神々や、おおせに従わない悪者どもを説《と》き従えてまいれとおおせになって、ひいらぎの矛《ほこ》をお授《さず》けになり、御※[#「金+且」、第3水準1−93−12]友耳建日子《みすきともみみたけひこ》という者をおつけ添《そ》えになりました。
命はお言いつけを奉じて、またすぐにおでかけになりました。そして途中で伊勢《いせ》のお宮におまいりになって、おんおば上の倭媛《やまとひめ》に再度《さいど》のお別れをなさいました。そのとき命はおんおば上に向かっておっしゃいました。
「天皇は私を早くなくならせようとでもおぼしめすのでしょう。でも、こないだまで西の方の賊を討《う》ちにまいっておりまして、やっと、たった今かえったと思いますと、またすぐに、こんどは東の方の悪者どもを討ちとりにお出しになるのはどういうわけでございましょう。それもほとんど軍勢《ぐんぜい》というほどのものもくださらないのです。こんなことからおして考えてみますと、どうしても私を早く死なせようというお心持としか思われません」命はこうおっしゃって涙《なみだ》ながらにお立ちになろうとしました。
おんおば上は、命のそのお恨《うら》みをおやさしくおなだめになったうえ、もと神代《かみよ》のときに、須佐之男命《すさのおのみこと》が大《だい》じゃの尾の中からお拾いになった、あの貴《とうと》いお宝物《たからもの》の御剣《みつるぎ》と、ほかに袋《ふくろ》を一つお授けになり、まん一、急なことが起こったら、この袋《ふくろ》の口をお解《と》きなさい、とおおせになりました。
命はそれから尾張《おわり》へおはいりになって、そこの国造《くにのみやつこ》の娘《むすめ》の美夜受媛《みやずひめ》のおうちにおとまりになりました。そして、かえりにはまた必《かなら》ず立ち寄《よ》るからとお言いのこしになって、さらに東の国へお進みになり、山や川に住んでいる、荒《あら》くれ神や、そのほか天皇にお仕えしない悪者どもをいちいちお説《と》き従えになりました。そしてまもなく相模《さがみ》の国へお着きになりました。
するとそこの国造《くにのみやつこ》が、命をお殺し申そうとたくらんで、
「あすこの野中に大きな沼《ぬま》がございます。その沼の中に住んでおります神が、まことに乱暴《らんぼう》なやつで、みんな困《こま》っております」と、おだまし申しました。
命はそれをまにお受けになって、その野原の中へはいっておいでになりますと、国造《くにのみやつこ》は、ふいにその野へ火をつけて、どんどん四方から焼きたてました。
命ははじめて、あいつにだまされたかとお気づきになりました。その間《ま》にも火はどんどんま近に迫《せま》って来て、お身が危《あやう》くなりました。
命はおんおば上のおおせを思い出して、急いで、例の袋のひもをといてご覧《らん》になりますと、中には火打《ひうち》がはいっておりました。
命はそれで、急いでお宝物《たからもの》の御剣《みつるぎ》を抜《ぬ》いて、あたりの草をどんどんおなぎ払いになり、今の火打《ひうち》でもって、その草へ向かい火をつけて、あべこべに向こうへ向かってお焼きたてになりました。命はそれでようやく、その野原からのがれ出ていらっしゃいました。そしていきなり、その悪い国造《くにのみやつこ》と、手下《てした》の者どもを、ことごとく切り殺して、火をつけて焼いておしまいになりました。
それ以来そのところを焼津《やいず》と呼びました。それから、命《みこと》が草をお切りはらいになった御剣《みつるぎ》を草薙《くさなぎ》の剣《つるぎ》と申しあげるようになりました。
命はその相模《さがみ》の半島《はんとう》をおたちになって、お船で上総《かずさ》へ向かってお渡《わた》りになろうとしました。すると途中で、そこの海の神がふいに大波《おおなみ》を巻《ま》きあげて、海一面を大荒《おおあ》れに荒れさせました。命の船はたちまちくるくるまわり流されて、それこそ進むこともひきか
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